天海の蔵書印

【写真】天海の蔵書印

偶然、明治時代の古い印譜(いんぷ)を入手しました。印譜とは、印籍の一種で、鑑賞や研究を目的として印章の印影および印款を中心に掲載した書籍のことです。歴史上の著名人の印がたくさん載っていますので、ネタ切れの時などにボチボチ紹介していきたいと思います。自分自身にとってもハンコの勉強になると思います。(※但し、この明治時代の古い印譜が本当に信頼できるものかどうか、掲載されている歴史上の人物たちの印が本物かどうか、私は真贋を断じるだけの知識も鑑賞眼も有していないので、まあ、「気ままな歴史人物巡り」とでも考えて下さい。なお、原本は白黒ですが私がフォトショップで朱に色づけしております)

さて今回は記念すべき第一回目。徳川家康のブレーンとして小説やテレビドラマでもお馴染みの天海僧正(1536?-1643年)の「蔵書印」です。もし印が本物なら、文字は天海の自筆と考えて良いのではないでしようか。力強く男性的で、メリハリのきいた筆跡だと思います。天海の性格があらわれているのかもしれません。気が付くのは字がやや右に傾斜していること。弊店のようなハンコ屋が、ナナメったハンコをお客さんに出そうものなら叱られてしまいますが、自分で作って自分で使う「蔵書印」ということもあるのか、その辺は大雑把だったのかも知れません。天海は天台宗の僧侶で、南光坊天海、智楽院とも呼ばれました。(諡号は慈眼大師。)江戸幕府初期の朝廷政策・宗教政策に深く関与したといわれています。小説・テレビなどでは、権謀術数に長けた、いささかダーティな僧として描かれることも多いですが、実際はどうだったんでしょう…。

余談ですが、この天海が実は、「本能寺の変」の首謀者・明智光秀その人だったという説があります。その根拠として「日光東照宮陽明門にある随身像の袴に光秀の家紋である桔梗紋がかたどられている事」や「日光に明智平と呼ばれる区域があること」、「徳川秀忠の秀と徳川家光の光は光秀に由来」、「光秀の家老斎藤利三の娘が徳川家光の乳母=春日局になったこと」などなど、色々言われているようです。さて、真偽の程は分かりませんが、こうして想像をたくましくできるのも「歴史」の面白いところですね。