今年はNHKの大河ドラマ『龍馬伝』が人気を博した。龍馬の地元高知にも沢山の観光客が押し寄せたと聞いている。前にも書いたように僕はテレビをあまり見ない人間なので、このドラマも最初の数回を見ただけなのであるが・・・。

さて、ここに「龍馬になりそこねた男」がいる。何を隠そう、僕のことである。「龍馬伝」の主役は僕と同い年の福山雅治だが、あの「イケメン」俳優と主役の座を争ったとか、そんな話ではもちろんない(^^ゞ

実は、僕の生まれた年の前年(1968年)のNHK大河ドラマも「龍馬」だった。(司馬遼太郎原作の『龍馬がゆく』、北大路欣也、浅丘ルリ子、森光子、高橋英樹らが出演) そのドラマを見て、いたく感銘を受けたらしい僕の両親(当時20代)が、あろうことか最初に生まれた我が子(=僕)に、「あのような立派で、スケールの大きな人間になって欲しい」という願いを込めて、「龍馬」と名付けることにしたのである。(?!(゜O゜)! や、やめてください? )

「龍馬」と命名することで両親の意見は一致しており、役所に届ける直前まで、僕は「龍馬」と呼ばれていたのである!(゜O゜)! しかし、父が母に言った次の何気ない一言で(おとうさん有り難う!)、僕はそんな大それた名前を付けられずに済んだのである。その一言とは・・・。

『「龍馬」は画数が多いからなー、入学試験の時、名前を書くのに時間がかかって、その分問題を解く時間が短くなるから不利だ。簡単な一文字の方が良いんじゃないか』(何という摩訶不思議な理由。でも助かったよ?)

そういう訳で、僕は両親から、あまり珍しくない、画数もそれほど多くない一文字(=今の名前)を授けられて、すんでのところで「龍馬になりそこねた」のである。(因みにその後も父の意見が採用されたのか、うちの三兄弟の名は皆一文字である)

本当に良かった。もし「龍馬」などと名付けられていたら、僕の人生は大きく変わっていただろう、今も決して良い人生じゃないが、たぶんもっと悪い方向に・・・。偉大な名前と卑小な自分とのギャップに常に苦しめられ、性格もねじ曲がってしまったかもしれない。第一、今の僕は坂本龍馬なんて、あまり好きでもないし、尊敬もしていない。(虚実綯い交ぜの人物だからだ。)幕末ならば、僕は昔から一貫して大久保利通のファンである。(「利通」ならば名付けられてもよかったかも・・・ r(^?^*)? )

一般論として言うが、いくらその名前に子に対する期待や愛情が込められていようとも、親が子供に特異な名前、奇抜な名前を付けることはあまり感心しない。そのまま芸能人かアニメキャラにしてもいいような奇抜な名前を付ける若い親も最近は多い。だが、本来、名前というものは、その名前を与えられた本人が一生をかけて作りあげていくものではなかろうか。「坂本龍馬」という名だって、始めは土佐の貧乏侍のありふれた名前だった。その名前を歴史上で不朽たらしめたのは、まさに龍馬の人となりと行動によってである。人は自分の名前とともに大きくなっていくべきだ。最初から大きな名前を与えられたら、押しつぶされてしまうだろう。

その上にどんな絵でも描いてゆける白い画用紙のような、シンプルでありふれた名前。僕はそんな名前が良いと思う。