今年の7月を以てこれまでのアナログ放送が終了し、地デジに非対応のテレビは映らなくなるという。総務省、各テレビ局、電気店など、周知活動をかなり以前からやっていたので、僕も既に知ってはいたが、考えてみると随分一方的な話だ。まあ、僕の生活の中でテレビが占める割合はせいぜい1%位のもの、元々あまりテレビを見ない人間としてはどうでもいい話だが、全く映らなくなるのもイザというとき困りそうなので、さてどうしようかと迷ってはいる。

そして、地デジに替えたくても経済的に困難を抱えている貧困層(そんな「層」が果たして今の日本に存在するかどうか僕は日頃疑問に思っているが・・)には、無償の「地デジ支援」を国や地方公共団体が行っている。そこには当然税金が投入されているわけだ。するとどうやら、憲法で国民に保証されている「健康で文化的な最低限度の生活」とやらの中には「テレビを視聴すること」も含まれるとの解釈なのかもしれない。・・・だとすると、テレビを見ない僕の生活は、「最低限度の生活」の要件を満たしていないということか・・。(苦笑)

僕の親族、非親族、老若男女問わず、いつも家でテレビを付けっぱなしにしている人たちを何人も知っている。(明らかに「依存症」らしい事例もある) そういう家庭にはだいたい既に立派な大画面の地デジ対応テレビがある。そしてその大画面からは空疎な言辞と下卑た笑い、偽物の感動や扇情的な言葉などが常に垂れ流されている(そう、まさに「垂れ流し」の状態だ)・・・どの番組もつまるところは「当社の商品を買って下さい」ということだけなのに・・・。作られた流行、虚構のスター、洗脳されつづけ、ものを自分で考えられなくなる人々。どうして精神衛生上よろしくない、こんな箱(最近は「板」と形容した方がよいか)の前に、一日何時間も座っていられるのか、実に不思議だ。一分・一秒が、人間にとっては貴重な時間であるはずなのに・・・。これを「文化的生活」というなら僕は拒否したい気分だ。

テレビという「窓」からしか世界を見られなくなってしまった人間は、いつも偏光レンズか色つきの眼鏡をかけているようなものだ。一度その眼鏡を外して自分自身の目で世界を見てみるがいい、もっと違った見え方をするはずだ。あなたも経験があるだろう、酒場で偶々隣に居合わせた酔っぱらいが「最近の日本は・・、最近の政治は・・・」と一席ぶっている。なんだ、よく聞いたら昨日古舘が言っていたことじゃないか・・・ということが。(笑)

これから7月が近づくにつれ、「地デジに切り替えましょう!」の大合唱がもっと喧しくなることだろう。様々な理由で地デジに切り替えられない人のことを「地デジ難民」と言うらしい。ついに僕も難民になってしまうのか(苦笑)

さて、「健康で文化的な最低限度の生活」をおくれない「難民」の僕から、ここでひとつ「提案」があります。2011年7月24日をもってアナログ放送が終了になります。これを機会に家にあるテレビを全て廃棄されては如何でしょうか?各TV局を中心に構成され組織されている大手マスメディアは絶対に言及しませんが、しかし、これも立派な選択肢の一つであるはずです。しかも、あなたの生活と心をきっと豊かにすると思いますよ。