あっというまに「凍結」されてしまい、今となっては「アレは何だったの?」と言いたくなるような、高速料金の無料化。その「無料化」に関して、以前JR東海の社長が言った言葉は、至極的を射ていた。「高速道路の無料化は、これまで利用者が支払っていた高速料金を、利用しない人にまで負担させる愚策である」と。だがそんな愚策を歓迎し、自らの投票行動に結びつけた人も少なからずいたのである。

「人気取り政策」に関してさらに言えば、昔から「福祉、福祉」と○○の一つ覚えみたいに連呼する政党や政治家がある。だが「福祉」と言えば聞こえは良いが、結局最後にその負担が回ってくるのは「国民」である。「手厚い医療や公共サービスをしてやるから、金はお前たちが出すんだぞ!(票はこっちによこせ!)」とその政治家は国民に言っているに等しい。何故、自分の身を維持し生活するために高い税金を支払って、それが公共サービスになって自分に帰ってくるのを待つような、まどろっこしい手続きを選ぶ必要があるのか? むしろ「福祉」なんてほどほどにしておいてその分税金を減らせば、自分の本当に大切な人や必要としている事柄に、お金をかけることが出来る、それこそ「生きた」お金の使い道ではないのか。(むろんそこに「所得の再分配」の問題がからんで「福祉」で「得する人」(すなわち税金として支払ったよりも多くのサービスを受け取る人)が出てくるから話はややこしくなるのだが、「得する」人(+)があれば「損する」人(?)もある。その総和はプラスマイナスゼロであるはずだ。・・・だが、実際はプラスマイナスゼロになっていない。ココも非常に問題である。国債、すなわち後世にツケをまわしているから、プラスの人が多いのだ。高額医療の恩恵を受けその財源を国債に頼っているとするならば、我々は子孫の寿命を削って自らの寿命に加えるという、誠におぞましい行為に及んでいることになる)

国民は鼻の先のニンジンにたいへん弱い。だからそこを狙って、国民に媚びへつらい、ニンジンをちらつかせることを専らとする政治屋が後を絶たない。またそれを応援するかのようにマスメディアも国民に媚びる。だがここは強調しておきたいが、「媚びる」という行為は、媚びる対象への思いやりや配慮は微塵もないのである。「媚びること」により自らの利益を促進せんとすること、それが「媚びる」という行為なのだ。

・・・さて、もうすぐまた「8月」が巡ってくる。日本国民が、「国民主権」を自ら勝ち取ったのか、あるいは敗戦と同時に天祐のごとく空から降ってきたのか、不勉強の僕にはよく分からない。あれから60年あまりを閲した訳だが、日本国民はいまや「主権者」というよりむしろ「裸の王様」である。周囲はこぞって媚びることしかしない。誰も本当のことを言わない。財産はとうにもう底を尽きて、沢山の借金があるのに、家来たちは口をそろえて言う。「王様、まだまだ贅沢な暮らしが出来ますぜ!」 この王様は、お世辞にも理性的な性質(たち)とは言えず、目先の感情に流されがちである。的確に状況を判断して、長期的な対策を立てることが苦手である。

そんな「裸の王様」には、優秀な家臣が必要である。媚びへつらう「佞臣」ではなく、厳しい忠告をしてくれる「諫臣」が必要なのだ。「佞臣」と「諫臣」、その見分け方は至極簡単だ。国の借金が1000兆に迫らんとする現在に至ってもなお、臆面もなく「大きな政府」や「手厚い福祉」、あるいは「ベーシックインカム」のごときを主張するならば、それは紛れもない「佞臣」の証なのである。「小さな政府」を実現するには、当然ながら「痛み」をともなう。しかしその「痛み」に堪え、未来のため、子孫のため、少しでも財政的に健全な国にしてゆこうと主張するならば、それはまさしく「諫臣」たるの証なのである。

国の厳しい財政状況を鑑みれば、もはや「小さな政府」以外に選択肢がないことは明らかである。ギリシャやポルトガルの轍を踏まないためにも、われわれ国民は、「人気取り」の政策に惑わされることなく、すみやかに「財政再建」へ向けて腹を固めなければならない。