「大きな政府」主義者、あるいは強権的国家主義者であるという点で、僕にとっては、右翼も左翼も同類に見える。(両者が仲が悪いのは根っこがどこかで繋がっているからだ。) 「コレが善でコレが悪である。わが国の国民であるならばすべからくコレに従うべし!」と言うがごとき、あらゆる政権、政党、政治家、国家システムが僕は好きではない。だから全体主義国家、社会主義国家、独裁国家、福祉国家、官僚国家等の、所謂「大きな政府」を標榜する連中とは、政治的に意見が合わない。僕に言わせれば、それらは全て「ナチの近親」である。

「福祉」の美名に踊らされている人は、「福祉国家」が「ナチの近親」だと言えば、不審な顔するに違いない。だが、あたなは、ナチスドイツが「健康大国」であったという事実をご存じだろうか? 国家に奉仕するために、国家によって管理され国家によって増進される「健康」、これがナチの福祉政策であり、先天的に不適格な者は文字通り「排除」されたのである。あるいはわが国で、ソ連邦崩壊の後、行き場を失った社会主義者達が、雪崩をうって「福祉国家」を主張するようになったことは、何を意味するのか・・・、これ以上多言を要しないだろう。

国民の信条・良心、生活スタイルにまでズケズケと土足で踏み込んでくるような政府は、どんな美辞麗句をスローガンとして掲げていても、国民の「自由」をないがしろにしているという点で、極めて危険な専横的性格を有している。権力欲旺盛なイカれた指導者が現れて、スローガンを付け替えさえすれば、あっという間に新しいナチの出来上がりだ。

世のユートピアン達は言う。「かくかくしがじかの政治体制が実現されれば国民は幸せになれます!」 と。

嘘だ。政治体制によって人は幸せにはなれない。幸せを約束する政治体制なんて絶対にありえない。かつてこんな理想郷の出現を民衆に「約束」したユートピアン達が、実際には世界に何をもたらしたのか? それは、強制収容所であり、収容所群島であり、粛正であり、文化大革命であり、シュタージ(秘密警察)であり、ポルポトの大虐殺である。

さて、民主党政権になってから、国民の「幸福度調査」をやり始めたことは皆さんもご存じだろう。鳩山、菅、仙谷氏などを中心にこの調査が実行に移されたと聞いているが、これなどは、まさに民主党の本質があらわれている事例であると言っていい。つまるところ、彼らは政治によって「国民を幸せにしてやろう」と夢想しているのであり、国民の不幸は、政府に責任がある、と考えているのである。

国家主義者、全体主義者、干渉主義者、ユートピアン達のなんたる思い上がった妄想! 本来、幸・不幸、善・悪、ついでに言えば「健康」も、全ては国家とは関係のない事柄である。善・悪はそれぞれの個人が、慣習や道徳を基本に、それぞれの経験と考えに基づき決めればいい。それが「思想信条の自由」というものだ。善・悪について国民を「啓蒙」しようとする政府など越権行為も甚だしい。(ここで僕は、民主党が成立を目指している「人権擁護法」を、嫌悪感をもって念頭に置いている)

また、幸・不幸も、完全に個人の範疇に属するのである。政府から与えられる「幸福」、政府によって救済されるべき「不幸」?、何だろう、この独立心も自立心もない、奴隷のような考え方は??? 「独立の気概」はどこへ行った? のっぴきならない事情があれば話は別だが、公金であれ私金であれ、「他人の財布」をアテにするような人間が人口の大半を占めるようになったら、この国はお終いだ。

「国民を幸せにする」政府ではなく、「国民を不幸にしない政府」、「国民が幸せを追求する自由を妨げない政府」こそが、僕の理想とする最良の政府である。だがこんなマニュフェストを掲げる政党など、今の日本には無い。だから僕はいつも「無党派層」である。