弊店の近所に志村一里塚(国指定史跡)があります。都営三田線「志村坂上駅」の地上、中山道(国道17号)の両脇に一つずつあります。携帯で撮影したので、あまり画像がよくありません。ここでちょっと「一里塚」および「志村」について解説を引用してみましょう。

志村一里塚
「織田右府(右大臣信長)の時より36町をもって1里(4km)と定め、1里ごとに「こう」(土偏に侯・里程標の意)を築きしめ標識せられしを豊臣家にて弥遵行(いよいよじゅんこう)有しが君(家康)関東へ移らせたまいし後同じく1里ごとに「こう」を築きその上に榎を植しめ給う」(「東照宮御実記付録」)
家康の一里塚築造は慶長9年(1604)2月、子の秀忠に命じたものが最初で、東海・中山・北陸の三道をはじめ、全国の主要街道に「双こう」を築いている。その形状は、5間(9m)四方の小山形の塚上に1本ないし数本の榎を植えるものであった。
さて志村の一里塚も家康の命によって築造された一つで、日本橋より三里目。当時の原形を伝えているものは中山道では28里目(高崎・板鼻間)とこの志村のみで、大正11年国の史跡に指定された。
昭和8年頃道路が幅広くなった時、一里塚も整備された。
「歩道を占拠している」と苦情が出たことも有ったが、一方では毎月25日、町内の人たちによって清掃されている一里塚。今国道17号を走るドライバーにとって都内出入りの目印の役目を果たしている。ちなみに現在の榎は三代目を数える。(板橋区教育委員会)

志村
小豆沢村の西に位置し、村の中ほどを南北に中山道が通る。往還の両側に一里塚(志村一里塚として国指定史跡)が設置され、榎が立っていた。(日本歴史地名大系)

近所の一里塚にこんな由来があったなんて・・・。今後も近隣の名所訪問をしてゆきたいと思いますので、乞うご期待!

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