僕は特定の宗旨・宗派に属しているわけではないが(実家は代々曹洞宗)、仏教徒を以て自ら任じている(厳密には戒律を守っているかどうかも心もとない状況なので、仏教徒というには憚られるが、世に言う一般的な意味での「仏教徒」ということである)。そしてテロや戦争、環境破壊等の問題がますます深刻になる現代、「仏教国」である日本が世界の中で果たすべき独自の役割もきっとあるのではないかと思っている。また個人的には、なるべく仏教的精神に則って生活しようとも心がけている。生き物を大切にする心や、欲望のあくなき追求が結局人間を不幸にすることや、他者への寛容の精神であるとか、この世界や人生を本質的に「苦」と見なすべきことなど、仏教的な考え方の方が、西洋的なものの見方より、僕には遥かにしっくり来るのだ。

仏教に大乗と小乗などという区別は存在しない。釈尊が究極の境地に達して悟られた真理・真実の教えに、後世の「発展」など付与される余地はないし、後付けの教義も必要ない。仏教は釈尊によって全ったき完成をみた教えなのである。これが僕の確固たる立場だ。(第一それを確信することが「帰依仏」ということなのである。もし自称仏教徒にして「釈尊の入滅後仏教は漸次発展した」という者があれば、釈尊の至上性・完全性を毀損すること甚だしいと言わざるを得ない。これは取りも直さず仏道そのものに対する毀損的態度であろう)

僕に枕頭の書があるとすれば、それは中村元氏の『ブッダのことば—スッタニパータ』?『ブッダの真理のことば・感興のことば』(ともに岩波文庫)である。とくに色々なことに悩んだり、イライラが重なるときは、この二つの本のどちらかを読んで就寝すると、心が非常に安まるのを覚える。(未読の方は是非お薦めします)

後者の?『ブッダの真理のことば・感興のことば』という本で翻訳されている経典は、日本では「法句経」とも言われ、また「ダンマパダ」(Dhammapada)としても知られる。「スッタニパーダ」と共に最も古い原始仏典の一つで、釈尊によって説かれた言葉が、後世の装飾の影響を最も受けること少なく採録されているという点で、仏教徒ならば誰しも尊重せねばならない経典の一つである。たとえるならば、キリスト教におけるBibleの如き位置づけであると言って良いと思う。

この度、空いた時間に少しずつ、英文の「法句経」を翻訳した。まあ人様にお見せできるような代物ではないが、こうしてブログもやっていることだしちょっと公開してみることにした(この記事の一番下からダウンロードできます)。上述のように中村元氏のパーリー語(+サンスクリット語)からの翻訳を始め、多くの優れた先人達の業績が残されているので、このような英語からの不完全な抄訳が、学問上で何かの役に立つということは万に一つも考えられない。(しかも訳者の英語の能力が高校生程度であるのだからなおさらである。)

しかし一つだけ長所があるとするならばそれは著作権がFreeということである。コピーも頒布もOK、どこかに転載してもOKだし、もっとよい内容に改変しても勿論OK。いちいち許諾を当方に求める必要はないし、出典を明記せよなどとも言わない。どのようなかたちであれ、もし何かの機会に利用して下さるのなら、それだけで訳者としては望外の幸せなのである。(なお内容に関する問い合わせ・質問などは御容赦ください。不備があれば適当に修正してご利用下さい。当方もいくつか不適切な箇所を見つけておりますが、後日定期的にまとめて修正していきたいと考えております) 

「和英対訳 法句経 Dhammapada(抄)」ダウンロードはこちらから!(PDF・714KB)