飲みながら友人とこんな話をしていた。二人が好物であるカレーライスの話題だった。

「カレーの中のパイナップル! アレは絶対に合わないよなぁ。」 友人「いや本当、俺もそう思う!」 「ついさっきまで缶詰に入っていたようなきれいな扇形のパイナップルが入っていたら、それ以上食べずに残したくなるよなぁ」 友人「確かに!あれは許せんよ!パイナップルはサラダとかデザートだよな、やっぱり」 「うん、そうだ」

酒を飲みながらそんな話をしていたのだが、飲んでいない現時点でも確かにアレは許せない(笑)

さて、これにちょっと関連して、こんなことを思い出した・・・。四、五年前、モンゴルに釣りに行った時に、現地でモンゴル人の運転手兼ガイド(僕より8歳くらい下)を雇った。目指す釣り場まで、かなり西に、そして北に車を走らせて、殆ど周囲100?に人影の見えない程の奥地に来た。夜は、モンゴル式のテント(ゲル)に宿泊した。周囲は静寂そのもの。寝るまでの間、僕は酒を飲みながら、あれこれとそのガイド君と話をした。モンゴル人は酒好きで、そして直情径行な風が見える。酒が進むと、そのうち何故か怒り始めた。

「中国人は絶対許せない!!」ということらしい。中国人の過去における、また現在における悪行の数々をたどたどしい日本語で列挙し始めた。そしてまた言う、「中国人は絶対許せない!!」と。ずっとその繰り返しだ。たまに「日本人は大好き」と「チンギスカンは偉い」という合いの手が挿入されるが、またすぐに「中国人は絶対許せない!!」となる。どうやら中国人に対する怒りを当方と共有したい様子だが、当方はさして中国人に対する恨みはない。彼の真剣な様子にちょっと笑ってしまった。

だが、ちょっとモンゴル史を繙いてみれば、彼の怒りは決して彼だけのものではなく、民族で共有する根深いものであることは、たやすく想像がつく。モンゴルにとって栄光の時代はチンギスカンから数代だけ。残る歴史の殆どが、お隣の大国・中国によってあれやこれやと虐められ、表に裏に干渉され続けた暗黒の歴史なのだ。万里の長城以北はもともとモンゴル人の土地だが、今ではだいぶ中国に浸食されてしまっている。

その時聞いた話によると、彼はかつて徴兵され、ゴビタン(ゴビ砂漠)の国境地帯で、鉄砲を担いで祖国防衛の任に付いていたそうだ。仮想敵国はもちろん中国しかない。ゴビタンの地平線に現れる人民解放軍の影を彼らは日夜警戒していたのだ。人口10億の大国に対して、モンゴルは僅かに260万。その意気や良し! だが、その姿は想像するだに健気というか、むしろ哀れの感さえ催させるではないか。

彼はその夜、何度も言った、「許せない!」と。

さて話を日本の場末の居酒屋に戻す。僕と友人の酒もだいぶ進んだ頃だ。

「あっ、そうだ。パイナップルといえばもう一つ許せないものがある!」 友人「何だ?」 「酢豚の中に入ったパイナップルだ!」

ここで少し沈黙があり、僕の心中にそこはかとない緊張が走る。もしここで友人が「酢豚の中のパイナップルは許せる」と言おうものなら、我々相互の関係に微妙な亀裂が生じるかも知れない、と危惧したからだ。

だが、そこは気心が通じている仲だ。友人はお猪口をチビリとやって、こう言った。「いやー、アレは俺も絶対許せないよ!」

酒席で発せられた、同じ「許せない」でも、僕たちの言った「許せない」とモンゴル人のガイド君が言った「許せない」の間に、どれだけ大きな懸隔(へだたり)があるだろうか・・・、その大きさを思うと目眩(めまい)がしそうである・・・・。様々な思いが脳裏をよぎる。嗚呼、平和な日本。腐乱するような気だるい平和・・・。

付記]上記友人との会話は、かなり脚色されております(笑)。実際は女性でした(笑)。モンゴルのガイド君の話は全て本当のことです。蛇足ながら・・・。