最近僕が深甚たる興味を寄せる人物がいる。江戸時代に活躍した、水野南北(みずのなんぼく,1760-1834)という観相家(いわゆる人相観)である。「黙って座ればピタリと当てる」ということで、日本一の観相家として当時名高かった。現在でも斯業を生業(なりわい)とする人たちにはよく知られた名前であり、その理論は受け継がれているという。

僕は、観相のことはよく分からない。まあ、人間は一番始めに顔が他人に知られるわけであるから、容貌の良し悪しが、思わぬ利益・不利益を、その持ち主に与えるであろうことくらいは分かる。しかし、そもそも僕は、「占い」というものにはあまり興味と理解を有していないので、所謂「人相見」の書いた本をあまり真剣に読んだこともないし、街の辻占いに相談を持ちかけたことも殆どない。(前に一度、夜の街を酔って徘徊していた時に戯れに見てもらったことはある) では、そんな人間がなぜ水野南北に興味を持ったのか?それは、南北が単なる「占い師」にとどまらない、「粗食・少食の唱導者」としての一面をもつからである。

この水野南北というひとは実に面白い経歴と人となりを有している。南北は、宝暦十(一七六〇)年、大坂阿波座(大阪市西区)に生まれた。時は江戸時代中期、将軍はこの年、家重(九代)から家治(十代)に代わっている。幼くして両親を亡くした南北は鍛冶屋を営む叔父「弥助」夫婦に育てられた。子供の頃(十歳)より酒の味を覚え、酒代に困って叔父の金を持ち逃げし、天満(大阪市北区)で酒と博打と喧嘩に明け暮れ、いわば無頼の徒のような荒んだ生活を送っていた。生家の家業に因んで、その頃、「鍵屋熊太」と渾名されていたと伝えられる。若き南北は非行を繰り返し、十八歳の頃、酒代欲しさに悪事をはたらき、天満の牢獄に入れられてしまう。その牢内で、ほかの囚人達の容貌を観察してみると、人相と人の運命とのあいだに相関関係があること気づき、観相に強い興味を持つようになったと言われている。出牢後、或る人相見から顔に死相が出ていると言われた南北は、悪い自分の運命を転換するため、慈雲山瑞竜寺(大阪市浪速区にある黄檗宗の寺院)に赴き、出家を願い出たところ、「半年間、麦と大豆だけの食事が続けられたら弟子にしてやる」と言われた。堂島川で川仲仕をしながら言われた通り麦と大豆だけの食事を続けたところ、顔から死相が消えたばかりでなく、運勢が改善してしまった。こうした体験から人間の運命や観相学、および「食事」に対してさらに深い興味を持ち、人の人相をよく観察できる職業、すなわち床屋の見習い、湯屋の手伝い、火葬場での仕事に就き、さらに徹底した観相の研究を行った。その結果、その奥義を究め、所謂「南北相法」が完成したのであった。

しかしこの南北さん、並の観相家ではない。目の大きさ、眉の太さ、額の広さ・・・など、この人にとっては枝葉末節のこと、実はどうでも良いのだ(笑) 大切なのは、食、食、食!

水野南北の観相学の根幹をなす考え方は、「食によって人間の運命は最大の影響を受ける」ということである。ここが実に面白い。観相学の奥義を究め、当代随一と呼ばれた観相家の最後に至った結論が、「食を慎め!」ということであるとは。少食を心がければ誰でも天地に余恵を施すことになり、悪運転じて幸運となす事が出来る、と繰り返し南北は主張した。

確かに我々人間にとって「食」ほど重要なものは、外にないのである。或る人の人となりを知ろうと思ったら、その人間がどのように「食」と対しているかを見るにしくはない。南北も言っているように、「食欲」は人間の三大欲求の一つであり、その中でも「元」となるものである。がめつい者はがめつく「食」と向き合い、節度ある者は節度をもって「食」を摂る。様々な「欲求」や「欲望」をその人間がどのように満たしているのかは、食事の取り方一つでおよそ見えてくるものである。

「悪運を変えたければ食を慎め! 良い運を招きたければ少食に徹せよ!」と南北は口が酸っぱくなるほど説きつづける。ここに南北の「運命観」が端的に表れている。すなわち一般の占い師は、「運命」を既に決まったものとして扱い、起こるべき未来を予言するだけだが、南北は「運命」を「可変」のものとして扱う。彼の性質と立場はむしろ、占い師と言うよりも、食に基づく人生、生活の助言者(アドバイザー)であると言ってよい。

食に限らずモノを粗末に浪費したり、扱ったりすることを、南北は非常に嫌う。徹底的な「エコ」、それが南北の思想の大きな特長である。そういう意味では極めて今日的な視点を有していると言ってよい。

このブログでも書いたことがあるが、僕も少食を心がけている。一日三食はとらない。朝と夜、もしくは昼と夜の二食で、一日の摂取カロリーは1200?1500キロカロリー程度を目安にしている。粗食を心がけるようになってから、メタボを解消できたし、体調も気分も頗る良い。病気知らずだ。

「粗食・少食」の大切さを江戸時代に、しつこいほど繰り返して説き続けた水野南北。その慧眼と先見性には驚嘆を禁じ得ない。確かに「食」は我々を幸にも不幸にもする。そのことを「飽食の時代」を生きる我々は、いつも肝に銘じて生きてゆかなければならない。

少食開運・健康法秘伝(水野南北著)

少食開運・健康法秘伝(水野南北著)