世の中には三種類の人間がいる。その1、痛い目にあう前に分かるヤツ。その2、痛い目にあわないと分からないヤツ。その3、痛い目にあっても分からないヤツ。僕は1が理想だが2でも良いと思っている。(2012.9.12のツイート・若干表記を改変)

ある日こんなことをふとTwitterでつぶやいた。Twitterは適当に一日数回つぶやくようにしているが、無意識に本音や自分でも意外な考えが出てきて面白い。だが気を付けないと、世間を騒がすような「問題発言」がポロリと出てしまうこともあるから要注意だ。(まあ僕のような無名人ならばよほどの発言をしない限りその懼れはなかろうが…)

大したことはつぶやいていないが、過去のツイートの再利用を思い立った。140字という制限のあるツイッターだが、ブログにはそれがない。自分はブログだと構えてしまってなかなか思うように書けないが、ツイッターの気軽な「つぶやき」の要素をブログに持ち込めれば、もう少し楽しいことも書けるかも知れない・・・、単に最近ネタ不足ということも実はある(苦笑)

さて、上のツイートも、その時ぼんやり頭に浮かんだことを、文字通り「つぶやいた」だけだ。深い意味も主張もない。それを改めて今考えてみる・・・。ここでは、「痛い目にあう前に分かるヤツ」を賢人、「痛い目にあわないと分からないヤツ」を凡人、「痛い目にあっても分からないヤツ」を愚人とでも呼ぶことにしよう。自分を含めて多くの人間は大体、凡人に属するのではないだろうか?なかなか賢人にはなれない(笑) だが、「痛い目にあわないと分からないヤツ」というのは、裏を返せば「痛い目にあえば分かるヤツ」なのだ。これでも十分ではないか。これが僕のツイートの真意だ。

「愚者は経験に学び、賢人は歴史に学ぶ」とはビスマルクの言葉だが、「鉄血宰相」たる同人が言った言葉だから或る特別の「意味」が添えられるだけで、それが普遍的に正しいとは必ずしも思われない。「経験」から学ぶことが出来る人間は決して「愚者」ではないのである。

三番目の「愚人」、すなわち「痛い目にあっても分からないヤツ」・・・、これはいけない。だが、様々な事件・事故のニュースに接したり、世間を見渡したりすると、残念ながら、この範疇に属していそうな人間もいるのである。犯罪における再犯率の高さからもそれはうかがわれる。「成長しない人間」が存在するということだ。

「経験に学ぶ」とは、多くの場合、「失敗から学ぶ」ということである。「失敗」は誰でもおかす。「失敗」が成長の糧になるような生き方をしたいものだ、と思っている。なかなか難しいことではあるが・・・。蛇足ながら、この論述は、話を単純にしている。実際は、「賢人」「凡人」「愚人」の三者を、内面に同時に併せ持つのが人間であろう。その三者の割合というか、配合率というか、あるいは勢力図というか・・、そのあたりが問題なのかも知れない。自分はやっぱり凡人です、ハイ(笑)

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